2014年9月30日火曜日

山本周五郎『赤ひげ診療譚』

加山雄三が好きになれなかった。
かつての若大将も77歳。喜寿を迎えたという。好き嫌いというのはあくまで個人の印象なので、好きじゃないから悪口をここに書こうなどという気はさらさらない。ただ好きになれないのはたぶん好きになれない理由があるにちがいない。そのあたりを少し冷静に分析してみよう。
多くの歌手と共演するステージに立つと加山雄三はいつもその真ん中にいる。オムニバス的なステージであってもあくまで主役は俺だという態度で、当然のことのようにテレビカメラの中央に映るところが好きになれない。紅白歌合戦にもここのところ出場していないのはいつまでたってもオオトリを務めさせてくれないからではないか。こうした自分中心主義的な態度が好きになれないひとつのような気がしている。
それにこの人はあまりに恵まれ過ぎている。歌はつくる、絵は上手い、スポーツは万能、船は持っている、慶應を出ている。恵まれ過ぎているということはなんとつまらないことだろうか。もちろんこれにはひがみもある。やっかみもある。歌は地声をはり叫ぶだけでけっして上手いとは思わないが、岩谷時子をはじめとしてすばらしい詞に恵まれた。このいいところだらけな人生が好きになれないのかもしれない。
山本周五郎の『赤ひげ診療譚』が黒澤明の手によって映画化されたとき、保本登役は加山雄三だった。やはり育ちのいい青年だった。そんな身勝手な若者が新出(三船敏郎)から人間を学んでいく。何となくではあるが、加山雄三を応援したくなるストーリーだった。
先日、BSの番組で加山雄三のコンサートを放映していた。会場はやはりそれなりのお年を召した方たちでうめ尽くされていた。77歳になる加山雄三は80歳になったら光進丸で旅に出たいと語っていた。彼のポジティブな姿勢は彼の生きてきた時代に欠かせないものだった。そして多くの人々が勇気づけられ、前を向いて生きていこうと促されたのだと思う。
僕も少し前向きになった。

2014年9月29日月曜日

山本周五郎『季節のない街』

高校野球の秋は新チームの春である。
夏の選手権大会が終わって、大阪桐蔭が全国の頂点に立ち、最上級生はこれで引退。2年生と1年生による新チームがスタートする。各都道府県で地区予選がはじまり、11月には各地区の優勝チームが神宮球場に集まる。明治神宮野球大会だ。
東京では48のブロックにわかれて予選を行い、勝ち上がったチーム同士でトーナメントを行う。昨秋予選を勝ち上がった小山台が堀越、早実、日大豊山と強豪私立を破って8強に進出し、21世紀枠でセンバツ出場を果たした。記憶に新しいところだ。絶対エースのいた昨年のチームにくらべると投手力に難はあるものの、今年の小山台もいいチームだ。初戦で春季都大会優勝の成立学園に逆転勝ち、幸先のいいスタートを切った。惜しくもブロック決勝で関東一にコールド負けしたが、春に向けてさらに力をつけてくれるといい。
今年も10数校の都立校が本大会進出を決めた。今夏東東京8強の雪谷、昨夏8強の江戸川、西東京準優勝の日野など都立校の中にも名門校が生まれつつある。強豪私立と比べれば、練習量や環境など大きな差があるかもしれない。連戦になったときや僅差の試合になったときにその差を痛感することもあるが、手薄なメンバーで重厚長大な強豪校に挑んでいく姿は見ていてすがすがしい。
山本周五郎の『季節のない街』は黒澤明が映画化している。「どですかでん」である。貧民窟のような長屋で夢も希望も抱きようのない最底辺の生活を余儀なくされる人びと。だからといってドラマがないわけではない。もちろん小説だからドラマがないと話にならないんだけど。
周五郎の小説で一貫しているのは善の中にも悪がはびこり、かっこよさの中にもかっこ悪さがしみついているといった確固たる人間観だ。ひっくり返していえば、悪の中にも善があり、かっこ悪さの中にかっこよさがあるということで多くの読者がその登場人物に惹きつけられていく秘密がわかる気がする。
強豪私立校の圧倒的な勝ち方も好きだし、公立校の食い下がるような勝ち方も好きなのだ。

2014年9月28日日曜日

小林雅一『クラウドからAIへ』

お彼岸というので南房総まで行ってきた。
距離もあるので彼岸に墓参りをする習慣はなかったのだが、昨年父が亡くなってからお盆だけではさみしかろうと出向くようになった。それまで、つまり一昨年のことはわからないが、今年は墓へ行く道々にこれでもかというくらい彼岸花が咲いている。大量発生している。あちこちで真っ赤に咲き誇っている。地元に住む叔母の話でもこんなに彼岸花が咲いた年は覚えがないという。
人工知能というと膨大な知識や情報を組み込んだ巨大なコンピュータを連想してしまう。
ところが今はクラウドだのビッグデータだのといった技術革新が人工知能の飛躍的な進化に貢献している。つまり人工知能というハードウェアそのものに膨大な知識や情報を取り込んでおかなくてもいい。ネットワークにアクセスできる手段さえあればハードウェアはPCでいうシンクライアント状態でいいということだ。頭脳を持ち運ぶ必要はなく、必要なときにどこかから手に入れればよい。
それと人工知能というと人間の脳のような記憶の蓄積であると考えること自体が間違えだった。
すでにGoogleの検索や翻訳で使われている確率論的な処理が人工知能の主流の考え方になっている。膨大な辞書データを保有し、逐一訳語をさがすというのが僕が思い描いていた翻訳ロボットのイメージだった。そうではない。英語と日本語の、大量の文章をコンピュータに流し込む。ある文章のなかで、そのひとつひとつの単語や句、あるいは文章そのものがどのように訳される確率が高いか。その確率の高い訳語が提供される。
無人自動車でもこの原理は同じだという。センサーが読み取った情報のうち、どのような動きを選択すればぶつからないかという計算が働くのだという。これも確率の問題。いちばん確率の高い行動を選択する。もちろん事故を起こす可能性がゼロとはいえないが、すべてが確率論的に優位な選択をするので、データが蓄積されればされるほど精度が上がる。翻訳だってありとあらゆる事例がビッグデータ処理されれば、誤訳の確率は減っていく。
AIの未来は空恐ろしいのである。

2014年9月8日月曜日

吉村昭『アメリカ彦蔵』

8月の終わりころからいくらかしのぎやすい日が増えた。
それでもやはり季節の変わり目のせいだろうか、“天候不順”という言葉がよく似合う空模様が続いている。局地的な豪雨、土砂災害などというキーワードが新聞、テレビのニュースやネット上を駆けめぐっている。各地に雨が降っているのはメディアを流通しているこれらキーワードが原因となって大気の状態を不安定にしているからではないだろうか。
8月の終わりに名古屋に行ってきた。2010年4月以来である。
以前からいっしょに仕事をさせていただいた(シニア)クリエーティブディレクターOさんの大送別会に出席するためである。一次会は2時間という制約の中で訪れた200人近くがひとことずつあいさつをするという強引な企画あり、加えて動画やスライドの上映があり、プレゼントの贈呈ありの盛りだくさん。日頃からてきぱきと打合せを仕切るOさんの送別会に相応しい進行だった。しばらくぶりに会う人も多く、会は二次会、三次会と深まっていき、ホテルに戻ったのは3時過ぎだった。
翌日名古屋駅ではやめの昼食を摂った。高校時代の友人がすすめる(というか彼が社長だ)ひさだ家という店でおばんざい弁当をいただく。
品川で新幹線を降り、ふと京浜急行に乗りたくなった。先日読み終えた吉村昭の『アメリカ彦蔵』を思い出したのだ。
横浜のひとつ手前の神奈川駅で下車すると第二京浜国道沿いの小高い丘の上に本覚寺という曹洞宗の寺がある。播磨の水主彦太郎が漂流の後、アメリカにわたり、その後祖国に戻って公使ハリスとともに赴いた場所である。開国当時この寺はアメリカ領事館となっていた。
この寺に領事館が置かれたのは神奈川宿と横浜村を結ぶ渡船場が近いことと、海を見渡せる高台にあったからだと言われている。もちろん今となっては海などビルの向こうにわずかにのぞく程度である。
新幹線のなかで『生麦事件』を読みはじめた。こんどは生麦を歩いてみよう。